なぜ僕は写真を撮るのか?
この葛藤、定期的にやってきます。
芸能人を撮ればいいのか。
いいスタジオを使えばいいのか。
師匠に師事すればいいのか。
考え始めると、きりがない。
最近またこのことに触れる機会があって、また考えるときが来たか〜、なんて思っていたんです。
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あくまでも僕の持論ですが、「良い写真」は見る人によって違うと思っています。
ファッション誌での良い写真。
広告における良い写真。
SNSで反応をもらえる写真。
それぞれ基準がまったく違う。
だから「誰に伝えたいのか」を考えることのほうが、ずっと大事なんじゃないかと感じています。
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僕が写真に求めているのは、「鏡」です。
撮られた人が、自分自身の素敵さに気づける写真。
写真を始めてまだ間もない頃、こんなことがありました。
何気なく撮った一枚を見せたら、「いつもありがとう。お前がいなかったら、これって思い出にならなかったんだよな」って言ってくれた人がいた。
まだまだ腕がなかったのに、僕の写真を見て「私ってこんな笑顔で笑えたんだ」って言ってくれた人がいた。
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その瞬間から、僕のなかにひとつの方程式ができました。
写真 × 言葉 = 笑顔 = その人の本当
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目の前の人が素敵だと思うから、シャッターを切る。
すると、その人が笑顔になる。
とっても単純なことです。
でも、これが僕の写真のすべてだと思っています。
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夢を語る人が、くだらないことで自信をなくしてしまうくらいなら。
僕の写真を見てほしい。
「僕の目には、あなたはこんなに輝いて見えているんだぞ」
ただ、それを伝えたくてカメラを持ち続けています。
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自分の本当の姿に気づいて、輝く人がもっと増えたらいい。
だから僕はシャッターを切る。
だから僕は写真を撮る。
そういうことだと思っています。
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ステージが上がるにつれて、「腕よりも肩書が大事」と気づいたこともあります。
ずっと「うーーーん」と悩んでいたけれど、ある日こう思いました。
この想いを消してしまったら、僕がカメラを持つ意味がない。
自分の強みをとことん極めて、伝えたい人に届けられるようにすればいい、と。
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あくまでも僕の持論ですが——
良い写真とは、スキルでもスタジオでもなく、その人の心が見えるかどうかだと思っています。
見た目じゃなく、魂から「綺麗だ」と言えるもの。
きっとそういう写真が、本当に輝いているんじゃないでしょうか。
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あなたにとっての「良い写真」は、どんな写真ですか。
よかったら、そんな話も気軽に聞かせてください。