写真のコンセプトの創り方
前回の記事「写真のテーマの創り方」の続きです。
テーマとコンセプトの違いについて、もう少し掘り下げて話していきます。
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いきなり質問ですが、コンセプトって何だと思いますか?
写真を撮るとき、あなたは何を考えていますか?
あくまでも僕の持論ですが、聞いていただけたら嬉しいです。
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コンセプトは「手段」である
僕の中で、コンセプトとは手段です。
前回お話ししたように、テーマとは人生にフォーカスしたものです。
自分の生まれた意味を伝えたい。
想いを世に送り出したい。
その想いを媒介するための手段が、コンセプトだと僕は定義しています。
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僕自身の話をしてみます。
「伝わる写真」を撮りたい。
気持ちを込めてシャッターを切るとき、どうしたら一番伝わるだろうと考えました。
出た答えは、自分の好きなものを撮ること。
自分の胸の中でカッチカッチと大きく振れるものを撮ること。
それが僕の場合、「物語のような写真を撮る」というコンセプトにたどり着きました。
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ポップな手段だと思いますか?
でも、僕は本当に写真に魂を乗せて撮っています。
この人の素敵なところを引き出したい。
明日玄関を開けるのが楽しくなるような、そんな写真を撮りたい。
この世には、たくさんの人がいます。
「生きよう」と踏ん張っている人がいます。
容姿ではなく、身体の中に想いをたくさん詰め込んで。
輝きたいと願う。
生きたいと踏ん張る。
僕はそれが美しいと思う。
だからこそ、そういう人たちが自分に自信を持てないでいることが、どうにも許せないんです。
僕はその人の心を見ることができる。
その人の中にある夢や想いや姿勢を映し出すことができる。
だから撮る。
その手段が自分の好きなものであれば、
もっともっと増幅させて、わかりやすく伝えることができる。
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フェチを極めることがコンセプトになる
写真を学びたいという方によく言います。
「どうやったらいい写真が撮れますか?」
「うまく撮るコツを教えてください」
そう聞かれたとき、僕はいつもこう答えます。
「フェチを極めてください」
好きって、フェチじゃないですか。
恥ずかしがらず、自分の気持ちに正直に、自分の「好き」を極める。
そこに自分のテーマを乗せて送り出すだけ。
そうすることで、僕の「好き」と「想い」は伝わっていくんだと思っています。
好きに正直になることは、悪いことじゃないですよ。
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もしこれでもわからないという方は、ぜひお気軽にご連絡ください。
あなたの「好き」のブレーキを外すお手伝いをします。