私のスタイルは自然体を撮ることです。という言い訳
僕が「フリーになる!」と決めたのは、今から数年前の冬も近い季節のことでした。
当時の相棒はEOS KISS X3。
毎日のように代々木公園に出向いては、ひたすら写真を撮っていました。
「一ヶ月30人チャレンジ」という企画を自分でやっていたんです。
そのころの僕のスタイルの話を、少しさせてください。
—
「そのままでいてください」
これは告白じゃありません。
当時、撮影のときによく口にしていた言葉です。
僕はありのまま、自然な表情で笑っているところを撮りたかった。
だから僕の写真テーマは「自然体」であり、
撮影スタイルは「そのままで」でした。
話しながら相手を撮っていくと、
インタビュー写真とはまた違う、柔らかい「そのまま」の写真ができあがる。
これがスタイルだ。これがテーマだ。
今思えば、そう思い込んでいたんです。
—
さて、僕は何から逃げていたと思いますか?
そう、「表現」することから逃げていたんです。
—
僕の写真テーマは、今ではこうなっています。
「女性の中のキレイを写したい」
コンセプトも決まっています。
「物語のような写真を撮る」
では、今は「ありのまま」を写さないのか?
そうではありません。
今だってありのままを写します。
「ナチュラルな表情が撮れてるよね」というのが、ありがたいことに僕の写真への定評です。
でも、僕はその人のすべてを写したい。全力でその人のキレイを写したい。
そう思ったとき、自然とある疑問が生まれてきました。
「ただ話しているところを撮るだけで、それは本当に自然体なのだろうか?」
その人の本当の魅力は、多くの場合、その人自身が気づいていないものです。
それを相手任せにしてしまうのは、あまりにも無責任ではないでしょうか。
本当にその人のことを想うのなら、
ポージングを覚えるのは当たり前。
どうしたら綺麗に撮れるか考えるのも当たり前。
構図も、カメラの設定も、機材も。
時に笑わせ、時にシリアスな表情を引き出すトーク力も。
全部できて当然なんです。
なぜか。
何度でも言います。とても大切なことだから。
「僕は、女性の中のキレイを写したい」
その人が自分では気づいていない魅力を写したい。
気づいてほしい。もっと自分に自信を持ってほしい。
そう思っているからです。
—
だからこそ、かつての自分の矛盾に気づいてしまいました。
「ありのまま・自然体を写す = 何もしない」
2年前の僕はそういう既存のスタイルに甘えていた。
できないことに蓋をして、できないことを正当化する言い訳を言っていたんだと。
同時に、こうも思います。
もし当時、自分の価値観に気づいていたなら、
きっとその言葉は出てこなかっただろう、と。
—
あなたは写真を撮るとき、「価値観」というものについて考えたことがありますか?
価値観とは、テーマです。
そして、自分の譲れない魂の表現です。
あなたの魂は、何を求めていますか?
なぜ、写真という表現を選んだのでしょうか?
考えて、考えて、考えた先に、本当のテーマがある。
あくまでも僕の持論ですが、そう思っています。
もしもかつての僕のように「自然体がテーマです」「ありのままがテーマです」という方がいたら、
一度立ち止まって、自分にこんな問いを投げかけてみてください。
「じゃあ、なぜそれをテーマにしているんですか?」
「あなたは写真で何を伝えたいのですか?」
「なぜカメラをやっているのですか?」
「あなたはどうやって生きたい人なんですか?」
—
どうしてもノウハウやテクニックに目が向きがちですが、
一番大切なのは「やり方(Know how)」ではなく、
「なぜやるのか(Know why)」なんじゃないかと思っています。
ただ、こうも思います。
カメラマンとして生きるなら、この問いは必要ないかもしれない。
でも、フォトグラファー(写真家)として生きることを選ぶなら、
きっとこの問いは、大切な意味を持つんじゃないでしょうか。
あなたの写真ライフが、自分らしいものになっていきますように。