いつまでも「あぁ、綺麗だなぁ」って言える自分でいたいから
「あぁ、綺麗だなぁ」
そう言える瞬間が、好きです。
夕焼けを見た時。
雨上がりの空気の匂いを感じた時。
何気なく見上げた空に、思いがけない雲があった時。
写真を撮っていると、そういう瞬間に出会うことが多くなりました。
感動する力を、失いたくない
大人になるにつれて、感動する機会が減っていく気がします。
子供の頃は、あらゆることが新鮮でした。
初めて見るもの、初めて感じること、全部が「すごい」だった。
でも歳を重ねるにつれて、「知っているもの」が増えていく。
慣れていく。当たり前になっていく。
それは経験として大切なことだけど、その一方で——感動する力が少しずつ薄れていってしまう気がして、それが怖いと思うことがあります。
写真を撮り続けて気づいたこと
カメラを持って街を歩いていると、同じ道でも毎回違う表情を見せてくれます。
同じ公園でも、光の角度が違えば全然違う景色になる。
同じ人でも、その日の表情は二度と同じじゃない。
「また同じ場所か」と思って歩いていても、ちゃんと見ようとすれば、毎回必ず何か新しいものがある。
あくまでも僕の持論ですが、感動する力とは「ちゃんと見ようとする力」なのかもしれません。
流し見ではなく、ちゃんと見る。
流して聞くのではなく、ちゃんと聴く。
通り過ぎるのではなく、立ち止まる。
そのちょっとした違いが、日常の中に「綺麗だなぁ」を増やしてくれると思っています。
仕事にも、人にも、同じことが言える
これって、仕事や人との関わりにも同じだと思っています。
「またこの仕事か」
「この人はこういう人だから」
そう決めつけた瞬間に、新しい発見がなくなる。
でも「今日はどうかな」と思いながら向き合うと、昨日と違う一面が見えることがある。
感動する力は、仕事の質にも、人間関係の豊かさにも、きっとつながっているんだと思います。
「綺麗だなぁ」と言える人でいたい
格好つけずに言います。
僕は、いつまでも感動できる人でいたいんです。
綺麗なものを見て「綺麗だなぁ」と素直に言える人。
美味しいものを食べて「美味しいなぁ」と顔をほころばせられる人。
誰かの優しさに「嬉しいなぁ」と素直に感じられる人。
そういう感受性を、年齢を重ねても持ち続けたい。
あくまでも僕の持論ですが、感動できる人は、人を感動させることもできると思っています。
写真を通して誰かの心を動かしたいと思っているから——まず自分が動かされ続けていたい。
最後に
日常の中に「綺麗だなぁ」は、たくさん隠れています。
見逃しているだけで、実はずっとそこにある。
忙しい毎日の中でも、たまに立ち止まって、空を見上げてみてください。
きっと何か、見つかるはずです。
ではでは。