恋は自己中から始まり、愛は信じることから始まる
愛について、よく考えることがあります。
今日は「恋」と「愛」の違いについて、かつての体験を通して感じたことを書いてみます。
馬鹿らしいと思う人もいるかもしれません。でも、人を想うことって本当にかけがえのないことだと、僕は思っています。
恋とは何でしょうか
恋は旧漢字で「戀」と書きます。難しい字ですよね。
部首は「心」。それに結びつくのは「絲(いと)」と「言」です。糸はもつれることを指し、簡単にはほどけない。そこに心があることで——
「思いきれない、どうしようもない想い」
「整理のつかない、どうしようもない感情」
を表すのではないでしょうか。
そして「恋する」を英語にすると「fall in love」ですよね。
そうです、恋はしようと思ってするものではなく、してしまうものなんです。
いつの間にか自分の生活の一部になっていて、いつの間にかその人が頑張る理由の大半を占めていて。その人が悲しいと悲しいし、その人が笑うと心から嬉しくて。
でも恋は、一方通行です。
両想いだとしても、「相手が欲しい」という片方ずつの想いが恋だと思います。
愛とは何でしょうか
愛の意味は「過去を振り返ること」だそうです。
よく言いますよね。「恋は下に心があるから下心、愛は真ん中に心があるから真心」と。
恋をすることで相手を知って、相手をどんどん考えて、どんどん知っていく。その積み重ねが、相手への愛情になっていく——そういうことではないでしょうか。
愛とは、自分ではなく相手を思い遣り考えること。双方向のものだと思います。
その子の幸せが自分の幸せになって、その子のために何ができるかをいつも考えている。それが愛だと思います。
あの頃の恋は、前途多難でした
かつて、本気で好きな人がいました。
相手を信じられなくなって、人間不信になりかけた時期もありました。友達にも迷惑をかけたし、たくさん泣き言を言いました。
冷静さを欠くあまり、とんでもない行動をしようとしてエンジェルナンバーにすがったり、いろんな人の助言を聞くあまり混乱して右往左往したり。
でも、考えれば考えるほど、あきらめられないと思っていました。
過去の彼女のことを思い返せば返すほど——あれは本当の言葉で、本当の表情で、本当の温もりだったと信じたかった。
愛とは、まず信じることから始まる。
目をつむって、黙って、身を任せることから始まる。
だからこそ裏切りや失望を感じた時の喪失感は、想像以上に大きい。信じられなかった僕は、しばらく使い物にならないくらいダメになりました。
でも、むき身だからこそ、相手をそのまま受け入れて、ありのままの自分で「大好きだよ」と言えるなら——なんて素敵なことだろうとも思います。
恋をして、得たもの
あの頃の恋から、たくさんのものをもらいました。
「自分が自分じゃなくなる」ということを知りました。いつも冷静なはずだったのに、その子のことを考えるといてもたってもいられなくなって、10分でも20分でも会えるなら会いたい。そんなに誰かに執着したのは、初めてのことでした。
「やる気が出る」ということも知りました。自分のためだけではなかなか出なかったやる気が、その子のことを考えるだけで湧いてきて、辛くても苦しくても頑張れた。
「心が温かくなる」ということも。
「好きだよ」という言葉は、本当に意味のあるもので、言霊の乗る素敵な言葉だと思います。そう言った時に笑顔で「うん」と言ってくれた表情は、今でも忘れられません。
自分のことはどうでもいいからこの人を守りたいと思えるほど、完全に自分を御しきれなくて。戸惑いもあり、でもその人の手を握っている時はそんなことどうでもいいくらい幸せで。
あくまでも僕の持論ですが、人を本気で好きになることで、人間としてとても成長できると思います。
最後に
皆さんは恋と愛を、どう感じていますか?
人を好きになることは、辛いこともある。
でも、心が動くことを知っているあなたは、それだけで素敵だと思います。
恋から始まって、知って、知って、深めていった先に愛がある。
あなたの恋が、いつかそんな愛に育っていきますように。
ではでは。