恩の恩返しについて。失恋から立ち直るたった1つの方法

皆さんは「恩の恩返し」という考え方を知っていますか?

自分が受けた恩は、その人に返すのではなく、自分を通して、どこかの誰かへ返していくという考え方です。

かつて、まさにそれだという経験をしました。
人生の中で最も影響の大きかった失恋を通して、学んだことがあります。

表現者として生きている僕は、ここから得たものを、読んでくれる人へシェアしたいと思います。

恋や愛に悩んでいる人へ、大切な人がいるからこそ苦しいと感じている人へ、届けばいいなと思って書きます。

知っている方も知らない方もいると思いますが、当時、彼女に別れを告げられました。

よくある失恋です。

彼女は僕の元を巣立っただけだし、いずれ本当に心から愛し愛されることを、その身体で学んでいくのだと思います。

だから今では、これで良かったのだと思えるようになりました。
きっと彼女が成長し、いつかまた向き合うことがあれば、その時は友人としてのパートナーシップが取れることを心から願っています。

1、僕が受けた恩

皆さんは、恩の恩返しを受けたことがありますか?

僕には師匠がいて、こう言われたことがあります。

「もしこれに感謝しているなら、それは俺に返すんじゃない。お前みたいに求められている人に、同じように返してくれ。それが俺への恩返しだから」

以前、Yという女性とお付き合いしていたことがあります。
経済的にも精神的にもズタボロだった時代です。間違いなく、当時の僕は最底辺にいました。

今の僕がいるのは、Yがいてくれたからです。断言できます。

何もできない僕を抱きしめて「そんな祥平さんでもいいんだ。あなたはそのままでいいんだ」と言ってくれた。
その儚い笑顔に、何度も救われました。

バカみたいに泣いて、抱きしめました。
だから僕は、生きようと思いました。前を向けました。

最後の最後、彼女は突然消えてしまったけど、ひどく落ち込んだけど——あの出来事は、間違いなく僕の人生に強く影響を与えたものです。

2、その恋の意味

僕の中で最も影響の大きかった失恋の話です。

終わってみて、その話を同期にした時に言われました。

「恩の恩返しをしたんだね」と。

Mと出会ったのは、別れる1年ほど前のことです。
あの時のMは、絶望の淵にいました。

何度もこの子は消えてしまうのではないかと思いました。

全力で向き合って、全力で愛を伝えました。
本当に愛していました。

「Mはそのままでいい。弱くても、何もできなくても、生きてくれているだけでどれだけ僕の力になっているか。今は何のために生きていいかわからないなら、今は僕のために生きてほしい」

何度もそう言いました。

僕の向き合いとMの頑張りで、Mは自分の道を選びました。
謙虚になるつもりはなく、それは事実だと思っています。

そして別れの時が来ました。

その別れを考えた時に、YがくれたあのYの愛と、同質のものを僕はMに返していたのだと気づいたんです。

あの時、Yに抱きしめられなければ——おそらく僕は命を絶っていたでしょう。この話は家族も知りません。

でも踏ん張れたのは、Yの愛があったからです。

あの時のMにとって、僕はその場所だったのだと思います。
命をすがる場所が必要で、それが僕だったのだと。

だから僕は、Yに受けた恩をMに返していたんだと気づいた。
そう思ったら、なんだか筋が通ってしまって、心からMに幸せになってほしいと思えました。

これが、恩の恩返しです。

3、自分を許せないことの意味

だからといって、気持ちが納得できなかったのも事実です。

MとあのMの後に付き合った男が映っている写真を見てしまった時、時間が止まりました。

あれだけ愛していたのに。
憎悪の気持ちと、罵りの言葉が浮かんで来てしまって。

「僕の存在ってなんだったんだろう」

一度は命を投げ出したくなりました。

でも、その時に会社の人が聴かせてくれた曲がありました。
Mr.Childrenの「しるし」という曲です。

その歌詞を聴いて、泣きました。

愛するということの意味。どんな結末になっても、その愛が本物だったことは変わらないということ。
共に生きられない日が来ても、それでも愛してしまうという感情の純粋さ。

そういうことが、言葉になって胸に刺さりました。

これは偽物の言葉だったろうか。
答えは「NO」でした。

あれだけ本気で向き合って、本気で未来を見て、本気の未来を約束していた。彼女の親にも挨拶を済ませていた。

確かに刺激は少なかったかもしれない。
でも、あなたが笑顔でいてくれれば、それで十分だった。

イライラすることも、ムカつくことも、たくさんあった。
それでも、彼女が僕を見てくれるだけで、僕の毎日は十分でした。

彼女の幸せを本気で願ったし、行動しました。

終わりはいつでも突然です。
今までが届かない愛ばかりだったから、受け止めてもらえた時に、油断していたのかもしれない。

でもやっぱり、いきなりの終わりは悲しすぎる。
忘れられない。
死にたくなったし、自分を否定しました。

吹っ切ろうとすると、彼女への愛が消えてしまうかもしれないと思って怖かった。
全部いっそ否定してしまいたかった。

自分を許せなかった。

でも、「しるし」を聴いた時に気づいたんです。

何より思い出すのは、憎悪でも、嫌悪でも、蔑称でもなく——「愛している」という言葉だけでした。

彼女の笑顔だけでした。

よくわからないけど、涙が溢れていました。

確かにあの時、僕は彼女へ本気でぶつかって生きました。
嫌われるとか関係なく、その子の全部を理解したくて、受け止めたくて、必死でした。

7ヶ月、文字通り命をかけて生きてきました。

嘘じゃなかった。
あの時の気持ちに、1mmも嘘は混じっていなかった。

ならば、それは僕の大切な一部なんだと思いました。

僕は自分を許していいんだと思いました。

力もない、ちっちゃいちっちゃい僕の器で、それでも受け止めようと腕を伸ばしていた。
それだけで価値なんだと思いました。

僕の目が届かない場所で、彼女が笑顔になってくれるなら——それでいいんだと思いました。

それが愛じゃないですか。

4、失恋に苦しむあなたへ

自分を責めないでください、とは言っても難しいですよね。
僕も未だに責めてしまうことがある。

でも一つだけ、重要な事実があります。

「どんな終わりだとしても、その時に愛したあなたの心は本物だ」

ということです。

それは卑下されるものでも、バカにされるものでもありません。
あなたの大切な、あなたの素敵を映し出すものです。

周りを見てください。

その人は離れていってしまったかもしれない。
でも、その代わりあなたを支えてくれた人が、たくさんいるのではないでしょうか。

一緒にご飯に行ってくれる人。
バカにしながらも「気にすんな」と言ってくれる人。
ただ話を聞いてくれる人。
寄り添ってくれる人。

みんな、あなたの存在を愛しているんですよ。

あなたはとっくに、愛されています。
あなたはとっくに、誰かを幸せにしている。

それが「愛である」ということではないでしょうか。

大切な人がいなくなったら悲しいし、罵詈雑言も出てくると思う。
そしてそのあとに、それを発した自分を責めると思う。

わかります。めっちゃわかります。

でも、良かったじゃないですか。
その子が生きていてくれて。死に別れじゃなくて。

生きていれば、またどこかで会う瞬間が来るかもしれない。

今は落ち込んでいい。今は遊んでていい。今は愛なんて信じなくていい。

だからどうか。
自分のことだけは、否定しないでください。

本気で向き合ったあなたが、最高に素敵な人間だと思います。
これは、僕が僕自身に贈った言葉でもあります。

しばらく人を本気で好きになることはないかもしれない。
「愛してる」って言葉は、まだ言えないかもしれない。

でも、いつかはくる。

明日はきっといい日になるし、いつかきっと、心から受け止め受け止められる人が現れます。

それまでとっておきましょう。

「あなたのことを、愛しています」

この言葉は。
きっとその時に発したあなたの言葉は、その人の魂の底に響くから。

痛みや苦しみを乗り越えた人の魂は、本当に美しいから。

だから今は、とことん落ち込みましょう。

そしてだんだん、自分のペースでいいから——

立ち上がって、なにくそーって見返してやりましょう。

誰よりも幸せになりましょう。

ではでは。

岡本祥平

プロフィール写真家

岡本 祥平

16歳のころ、スナップ写真を撮るアルバイトがカメラとの本格的な出会いでした。24歳で開業し、以来10年以上、人物写真ひと筋で撮り続けています。

得意なのは屋外でのロケーション撮影。話しながらその人の一番いい瞬間を自然に切り取ること。雑多な街並みの中でこそ、その人らしさが滲み出ると思っています。

ファインダー越しに、一番素敵なあなたを撮れるように。それだけを考えています。

八王子出身。バイクとキャンプが好きで、普段はマーケティングの仕事もしています。人生でやりたいことは「葬式をパーティーにする」「恋人の個展を開いて死ぬ」「小中学生にお金と人生を教える塾を開く」。

まず、話しましょう。

撮影のご相談は、LINEまたはメールから。返信は3営業日以内。

お問い合わせはこちら