「やりたい」は叶わない。でも「やりたい」がないと「やる」も生まれない
ちょっと考えてみてください。
普段の自分の言動の中に、どれだけ「思う」「やりたい」という言葉があるでしょうか。
職場で、学校で、友達と話している時。
……気づいたら結構多くないですか?
今日はその言葉について、あくまでも僕の持論ですが、書いてみます。
「思う」「やりたい」は叶わない、という話
あるとき、経営者の方にこう言われました。
「知ってるか? 思う、とかやりたい、ってことは叶わないってことだよね」
最初に聞いた時、ちょっとドキッとしました。
よく考えてみると、「思う」も「やりたい」も、全部「未完」を意味する言葉ですよね。
それを普段から口にするということは、まだやっていないことを宣言し続けているということ。つまり、叶わない未来を繰り返し口にしているとも言えます。
確かに、受け身な言葉だなと思いました。
でも、待ってください。
ここで「じゃあ全部言い切れ」という話になるかというと、僕はそうは思いません。
なぜかというと——
人が行動したり、夢を叶えたりするスタート地点には、必ず「こうなりたい」という願望があるからです。
なりたいから、ダイエットをする。
やりたいから、勉強する。
そう思うから、探求する。
変えたいと思うから、苦しくても歯を食いしばれる。
「やりたい」があるから、人は動き出せるんです。
「やりたい」→「やる」に変わる瞬間
じゃあ、いつ「やりたい」が「やる」に変わるのか。
あくまでも僕の持論ですが——まだ見えない道をキャンバスに描いてみて、よく見た上で「それでもやろう」と思えた時だと思います。
「僕はこれをやりきって、この先の世界を見たいんだ」
そう腑に落ちた瞬間に、初めて「やりたい」が「やる」に変わる。
無理やりひねり出した「やります」は、経験上、ほぼ続きません。覚えている限り、そうやって言い切ったことで達成できたものはほとんどない気がします。
コミットとは、自分自身と契約を交わすことです。
何も確定していない状態で、その契約書にサインできるでしょうか。
周りが「自分ができたからあなたもできる」と言っても、状況は人それぞれ違う。だからそれが当てはまるとは限らない。
大切なのは、自分と対話すること
では、「やりたい」を「やる」に変えるために何が必要か。
たくさん自分と対話することだと思います。
自分の理想はどこにあるのか。そこに向かうにはどうすることが必要か。どのタイミングで、どう頑張ることが求められるのか。時として苦痛を感じる必要だってある。
それを自分の中でちゃんと消化した上で出てくる「やる」は、無理やりの「やる」より、何倍もの力を持っていると思います。
最後に
「やりたい」の先に、「やる」がある。
逆に言えば、「やりたい」のない人に「やる」は生まれません。
だから、「やりたい」と口にしている自分を責めなくていい。それはまだ途中だというだけで、ちゃんと意味があるんです。
普段から「できるできる」「やるやるやる」と無理に言い切って疲れている人に、少しでも届けばいいなと思って書きました。
心の重みが、ちょっとだけ軽くなりますように。
ではでは。